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先日、ひょんな事からあるフランス人の家へ夕食に招待された。
彼は新市街の200平方メートルもある大きな賃貸のアパートに住んでいて、
数室を旅行者に貸している。スペイン人を上回るおしゃべり好きのフランス人のことだから
いろんな旅行者と話をするのが好きなのだろうと思っていた所、
案の定、定年して旅行をしているというイギリス人夫婦が散歩から戻って来た。
私はもう何年もイギリス人と英語で会話していないので、かなり緊張。
でもいつもの適当に聞き流す会話術でその場をしのぐ。

おもしかったのはジョー・ジャクソン似の(最近の彼ではなく)ご主人、
音楽好きで、自分の大好きなバンドを教えてくれた。日本の1960年代から1900年代まで
あったグループだそうで、北朝鮮開放を目指してたんだとか。
グループ名は外国語なので判らない。音楽のジャンルはと聞くと、
ノイズ、プログレ系。こういう時にスマホは便利。
「北朝鮮」「バンド」で出て来たのが裸のラリーズ/Les Rallizes Dénudés
80年代に加入した
山口冨士夫は数年前に事故で亡くなったので名前程度は聞いた事があった。
日本人の知らない日本の事を教えてくれる外国人、面白いです。

その後、映画の話になって、古いバルセロナが出てくる良い映画があるから
見たら良いよと、さすらいの二人/The Passenger をお勧めしておいた。
ちょうど、予告編にガウディの建物で撮影した部分も発見。




by patronistaT | 2016-03-18 00:45 | 日記


バルセロナで撮影された映画
「真実の瞬間」フランチェスコ・ロージ 1965年 イタリア映画
むか〜し20年以上前かな、見たのをまたYou Tubeで見てます。
この映画で昔のバルセロナを見て衝撃だった。
アンダルシアの農村の青年が仕事を求めて都会のバルセロナへ。
そこで闘牛士になる話。
昔は日本でも東北から東京へ出稼ぎに出た様に
アンダルシアからバルセロナに移民した人が多かった。
青年の役はたしか当時人気のあった本物の闘牛士が演じてたんじゃなかったけ?

青年がバルセロナに着いたのは「フランサ駅」
当時はサンツではなくてここからバルセロナが始まってた。
バリオ・チーノ、今は商業施設に変わってしまった闘牛場などなど、
バルセロナの昔の姿を見る事ができる。
もちろん、街を行く人たちの服装や店、生活道具なども参考になるね。




by patronistaT | 2015-01-26 02:21 | バルセロナで撮影された映画

Las estrellas

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ご存命の方もいらっしゃるが、半数はあちら側に旅立った方たちばかり。
いつ何時見ても、胸がキュンとなるのだ。
映画雑誌を「ロードショー」「スクリーン」「キネマ旬報」などの
映画雑誌を買っていたときは、切り抜きしたりしていたけど、
今は便利なインターネットのおかげであちらこちらから
見た事も無い写真を見つける事ができる。
かつてスクリーンで萌えたあの人の今の様子とかもね。
by patronistaT | 2013-11-06 02:56 | 映画 CINE

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好きな俳優のひとり
新聞で梱包していたら、こんな記事を見つけた。
シェークスピアのケビン・スペイシー演じる「リチャード三世」
遺骨が発見されたというニュースもあった。
読んだ事はないが、せむしで足が悪く、醜男、残忍だったと言われ
これまた好きだったリチャード・ドレイファスが演じて悪評だったことで良く覚えている。
このケビン・スペイシーの顔もかなり芝居がかった表情で
(もちろん芝居なんだけど)
物まねがうまい事なんか思い出したりする。


映画好きなら英語がわからなくても結構笑える。
ジャック・レモン、アル・パチーノ、クリストファー・ウォーケン
器用なんですね、この人は。
この物まねの動画見てから、どの映画みても思いだしちゃって・・・。


『ビヨンド the シー 夢見るように歌えば 』2004年 監督・脚本・主演
そして歌もうたえば、踊ったりもする。
知らなかったんだけど、比較的前から監督もやっていたんだね。

1995年の「ユージュアル・サスペクツ」から覚えている。
同年の「セブン」
「L.A.コンフィデンシャル」はなぜか「ユージュアル・サスペクツ」と記憶がごちゃ混ぜ。
「ライフ・オブ・デビッド・ゲイル」は最後のシーンにバルセロナのプラサ・レアルが出てくる。

こっちの新聞にはまず日本では知られていない映画や舞台、
音楽情報を知ることができて楽しい。
by patronistaT | 2013-07-03 02:51 | 映画 CINE

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洲崎パラダイス赤信号(1956年)川島雄三
こんなよれよれの三橋達也は初めて見た。
「背広」着てるシーンが1カ所あって、ホッとする。


Filmoteca de Catalunya
バルセロナにはフィルモテカ/Filmotecaという施設がある。
フィルム・ライブラリーの事。
2、3年前にバリオ・チーノと呼ばれる旧市街のとりわけ治安の悪い場所に移設されて以来
値段は上がったものの、映画の種類や本数も増えて大満足している。
特に今年は日本映画の特集が数ヶ月に渡って続いており、
ほぼ隔週で足を運ぶ事となった。ラバル地区に行くのも久しぶりでさらに楽しい。
先月からは日活特集で、中学生の頃から「キネマ旬報」で読んで興味のあった
あの「日活ロマンポルノ」を初めて見た。
当時の年齢では入場でいないし、年をごまかして入れたとしても
女の子がオヤジに混ざってピンク映画見るなんてとんでもない。
さらに日活映画をやっていたのはたしか、千葉でも有名な風俗街にあった。
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神代辰巳監督 赤線玉の井 ぬけられます(1974年)
漫画家の滝田 ゆう氏が時代考証を監修していたんだ。
それを知ったら、1976年にNHK秋吉久美子主演でドラマ化された
「寺島町奇譚」を見たくなったが昔過ぎて画像もYoutubeない、がっくり。
森本レオがすごくうさんくさい男を演じていて、
あれ以来、森本レオといえばうさんくさいが条件反射になった。
  (でもそのうさんくささが好きなんですよ)

フィルモテカの他にCASA ASIA/カサ・アジアでは無料で見る事ができる。

普段はインターネットという便利な技術のおかげで家で見る事が多い。
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最近見たのは「黄金を抱いて翔べ」 (2012年)
井筒和幸監督 
妻夫木聡、 浅野忠信
桐谷健太、溝端淳平
キャスティングが気になっていたので見たのだが、、、
俳優陣はとても好演したと思う。特に妻夫木聡。
「悪人」以来、光と影の間に何重にも層ができてきた感じがする。
でもな、なんだろね。映画自体は今ひとつ色々足りない。
井筒監督、あんまり好きじゃない。
というより、ほとんど見た事ない。見る気がしないのだ。
井筒監督は他の映画を見ていないにも関わらず酷評する癖があるようだが、
私も彼の映画あんまり見ていないので、食わず嫌いはよくないけどね。
よく考えてみたら、現在60歳前後の監督の映画がどうやら好きではないみたい。
  (黒沢 清は別)
私が映画を見始めた時は日本映画は角川絶頂期。
70年代のアメリカ映画から見始めたので、角川とかちゃちに感じていた。
しかも当時の日本映画自体に魅力を感じなかった。
それでも見ないで文句は言えないだろうと、数本は見たけど。
当時、中学生で生意気盛りなのでね。
その時代、日本映画の流れ等も関係あるのかな。

日本映画を新旧いろいろ見て、頭の中でさらに空想の時間旅行にふける。
by patronistaT | 2013-04-10 00:33 | 映画 CINE

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先日、イラク戦争から10年ということで、
バルセロナのあちこちで
La boda de Rita, historia de una familia iraquí II
/ リタの結婚 あるイラク人家族の物語というドキュメンタリー映画が上映された。
一番右下がリタ。 彼女が両親、妹達とバルセロナに来たのはちょうど私たちと同時期で、
偶然、公立のスペイン語のクラスメートだった。
彼女の両親は相方と同じ1つレベル下のクラスで、
まだほとんどスペイン語が話せず、英語まじりで話をした事があるので、とても良く覚えている。
リタは活発で、授業を楽しい雰囲気にする事ができる気さくな女性だった。
両親は医者だと言っていたので、家族全員がバルセロナに来たと言う事は
何かやんごとない事情があるのだろうと、思っていたら、
この映画によると戦争の始まったバグダッドからバルセロナに来る直前すでに
一家を追った撮影は始まっていたのだった。



もう個人的に会うこともない知り合いだが、
今の幸せなリタの姿を見て、
自分たちが来た当初の事も思い出し、ぐっと来る物があった。
私たちは70年近くも戦争とは直接は無縁な平和な国から来てるけれどもね。
不憫に感じた事は、医者であった父上が市場の食料品店のおやじにになっていたことだった。
それでも、命も家族も家もあると言う事が幸せだと判ってはいるけど。。。
by patronistaT | 2013-03-22 01:45 | 映画 CINE

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バルセロナにはフィルモテカというのがある。
要するにフィルム・ライブラリー。
1、2年ぐらい前にラバル地区/RAVALへ移ってからは
すっかりご無沙汰していたが、日本映画特集をやるというので早速行ってみた。
もう数年足を踏み入れていないだろう、サンパウ通り/SAN PAU
昔にくらべたら怪しい雰囲気は減っただろうか。
でも相変わらずたちんぼ健在。

新しいフィルモテカは部屋が2つあって、椅子もフカフカ。
入場料4ユーロ、前より少し値上がりした。
当然私たちも払っている税金で運営されているはずだが、
こういう活用できる文化施設には多少税金投入してもいいかと思う。
そしてどんどん利用しなくては。

ところで、映画はというと、
あまりにも懐かしすぎるキャスティングで涙がでるよ〜。
存命なのは主演の吉村実子と加藤武ぐらい?
ちゃこちゃんのパパ、何年ぶりに見た事か。
まだ貧しかった頃の日本の女性の生き方がなんと切ないことか。
あの時代なら、晴子の姉の生き方を選んでも責められないよね。
選択肢がある今をありがたく思う。
かなり好きな映画だった。

別の日に「州崎パラダイス 赤信号」も見に行った。
あんなだらしのない役の三橋達也は初めて見た。
終盤にそば屋の配達に慣れた姿が出てくるが、
しゃきっとした姿にホッとする。。。
か弱い女性役じゃない新珠三千代の身のこなしが少し嫌みで色っぽい。


FILMOTECA
by patronistaT | 2013-02-10 21:51 | 映画 CINE

麻酔で目が覚めて気がついたのが夜中、日曜の午前0時20分。
目の前には緑の上っ張りと不織布のキャップをかぶった相方と友人。
麻酔が切れたばかりで少しぼーっとしていたが、
挨拶をしようにも声が出ない。
その後友人が言うには、手術中に口に管を入れられてた為だそうだ。
私のベッドは集中管理室とでも呼べばよいだろうか、
術後の患者のベッドが何台もならび、それぞれにパソコンと看護士数名が待機した部屋。
うとうとしながらいろんな機器の音や点滴の交換に目が覚める。

気がつくと日曜朝9時ぐらい。
病室の開きがないので、しばらくここで待機。
金曜の夜にバナナを1本食べたきりなので、空腹で気持ちが悪い。
でも当然、朝食はない。
昼過ぎにやっと病室に入る。
病室は2人部屋で窓からはバルセロネッタのホテルWが見える。
トイレ、シャワー室、テレビ、ロッカー、引き出しなどの設備。
友人いわく、今まで4軒の病院をみたけど、
どこも部屋にトイレ、シャワー付だったそうだ。
この日、入院を知ったスペイン人友人2名が見舞いにくる。
夜中過ぎにやっとヨーグルトをもらえる。

月曜の朝、初めての朝食。
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チキンのスープ(具、塩味無し)、オレンジジュース
こんなに液体ばっかり飲めないよ。

朝の検診。
まるで「アナトミア・グレイ」
(日本では『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』と言うそうで)
若い男女5人の医者に囲まれる。
ここで、自分の傷口を初めて見る。
なんと、ホッチキッスで5カ所留めてあった。信じられない。
傷口は良好な状態なので午後にも退院できるとか。
お腹切って2泊3日か。知らなければそんなものです。

午後退院と知らせを受けて相方が迎えにくる。
これも後で友人が教えてくれたのだけど、
このオスピタル・デル・マルはペドロ・アルモドバルの
「オール・アバウト・マイ・マザー」の撮影に使われたそうだ。
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やっと起き上がって歩く練習をするようにとの事で、
セシリア・ロスとペネロペ・クルスのシーンが撮影された休憩室まで
相方に付き添われて晴れた海をしみじみ眺める。
「虫垂炎程度でよかった・・・」

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昼食も出た。 
これはジャガイモのプレ(小さな肉入り)、
デザートにナティジャ(カスタードのようなもの)

昼食後、事務担当らしき女性が
書類を数枚持ってくる。全部カタラン語(公共の病院なので普通)
あ、でもカタラン語で話しかけられる事はなかった。
書類の2枚は今回の出来事の「起承転結」、入院から退院まで。
1枚は次回通院の予約の紙、薬の処方箋3枚。
昼食後、お腹が落着いた頃に出る様にとの事。
さて、上っ張りから着替えよう。
でも、お腹が膨張しているので履いていたジーンズのジッパーが全く上がらない。
しかたないので、洋服で隠す。
すぐそばのナースセンターで皆に挨拶してやっと帰宅。

早速、ネットで虫垂炎に付いて調べると、
若年層に多く発症しやすいそうだ。私がなんでいまさら。
そして、「海外 虫垂炎 手術」で検索すると、
高額の治療費に付いてのサイトが山ほど出てくる。
毎月、結構高い社会保険料を払っているのだが、スペインは歯医者以外は無料。
スペインで良かったとホッとする。
今まで払ったのは処方箋で買った薬やガーゼ、絆創膏で約1200円也。

翌日、早速友人から電話があり、
診断書をもらって休職届を出すと税金が還付されると説明があった。
こんなこと考えても見なかったので、ホントにありがたい!

それから、今はスペイン、旅行者や学生の医療費に付いて無料ではなくなったけど、
救急に関しては例外なはずだから、ちょっとおかしいな、と思ったら病院に行く様に。
虫垂炎(盲腸)だってあなどれないよ。

たぶんスペイン虫垂炎手術その3もあると思う。
by patronistaT | 2012-11-10 01:43 | 日記

毎日こちらの全国紙新聞EL PAISにざっと目を通す。
けっこう面白いコラムや目を引く写真が多い。
芸術、音楽、文学、ファッション等の文化関連は日本の全国紙よりも充実していると思う。
10 comidas inolvidables de la historia del cine
料理研究家のコラム「映画の中の忘れられない10の食事」
面白い特集だな。
「何がジェーンに起ったか?」(1962年)のランチ
「パルプフィクション」のハンバーグ
「神経衰弱ぎりぎりの女たち」のガスパチョ
「暴力脱獄」のゆで卵  ...と、個性的な映画が並ぶ。
残念だけど他のは見てないの多い。

私の忘れられないメニューはやっぱりあれ。
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日本でいうナポリタン・スパゲティ。ケチャップのスパゲティ。
ニール・サイモンの「グッバイ・ガール」でダンサーを目指す母親と
こまっしゃくれた娘がお金がなくって毎日食事はケチャップのスパゲティ。
スタローンの「ロッキー」でも低所得のイタリア系移民のロッキーの実家で
丸いテーブルの中央にどかっと置かれたスパゲティ。
具がたくさん入って記憶はない。たぶん炭水化物と油脂の固まり。
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 (あ、コンバースのオールスター履いて走ってたんだ、足痛めそう)

こんなしょうもないB級グルメの王者「ナポリタン」
海外にいるとなぜか無性に食べたくなったりする。
日本にいる時は作らなかったんだけどねぇ。

西部劇で野宿する時の晩ご飯に出てくる豆とか肉とか入っていそうな煮込み。
これは「丸大ハム」の厚切りを枝に刺してかぶりついてみたいのに共通する。
野宿っていうのにも憧れた。
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中学生の頃、東京のスーパーでキャンベルの豆の煮込みの缶詰を見つけて
「これに違いない!」と買って食べてはみたが、まずかったという悲しい記憶もある。


極め付きはたぶんこれ。
問題のシーンのYOUTUBE動画があるなんて。
同じような事考えてる人がいるんだ。

アメリカ映画の食事のシーンでおなじみのマッシュ.ポテト。
「未知との遭遇」はSF映画でも一番好きで当時映画館で6回見た。
    (特別編じゃないの、これ以降のスピルバーグはダメなの)
自分で作ってフォークで同じようにつついてみたりした、子供でした。
こっちはジャガイモが安いのでよく作る。
作りながら思い出すのが、皿に盛り付けながら記憶を辿るロイ・ニアリーのこのシーン。

他にもニューヨークやサン・フランシスコが舞台の映画に良く出る、
箱に入ったテイクアウトの焼きそば。
最近はこっちでも見かけるようになった。
食べてみたいけど、食べない。だって子供の頃に見た映画のイメージが壊れるから。
「うまそう〜、一度食べてみたい!」で終わらせておくのでいい。

本当においしそうな料理が出てくる映画も見てるんだけど、
深く印象に残っているのはやっぱり70年代から80年代前半あたりまでの
アメリカ映画のだったりする。
なけなしのお小遣いほとんど映画に使ってた。
私、一度もアメリカに行ったことないので本場の貧乏移民スパゲティも
マッシュ・ポテトも食べた事がない。
by patronistaT | 2012-02-29 03:50 | 映画 CINE

映画のロケ/"Wine of summer"

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今週はなんだか自分も廻りもバタバタ。
火曜は祝日で明けた水曜の早朝から外が騒々しい。
半袖Tシャツにウエスト廻りにいろんな物をぶら下げた男性達が
広場を動き回って、照明設置。
我が家のベランダにも巨大な延長コードが置かれて、
上の友達のパパの所には照明2点設置。
(2日間の撮影で少々謝礼をいただいたそうだ)
夏はヒュンダイのCF、ビールのCF、日本の撮影隊も見かけたりした。
もう少なくなってしまったここには石畳が残っていて、広場も水飲み場もあるので、
風情あるロケ地にいいんだろう。

ロケは昼間は準備、撮影は2晩続いた。
広場の周囲と街路樹の隙間に大きな照明がつけられて、
夜遅くまで煌煌と明るい。
若いギャラリーが集まって絶叫しながら追いかけたりしていたので、
どうやら知られた俳優が出ているらしい。
さて、なんの映画かと調べてみた。
Elsa Pataky エリサ・パタキ主演の"Wine of summer"
Sonia Braga, Najwa Nimri, Bob Wells y Ethan Peck(グレゴリー・ペックの孫)
エリサ・パタキは日本ではほとんど知られていないようで、あまり情報がない。
映画は1本しか見た事無いのだけど、セクシー女優な扱いのようだ。
どちらにしても、見に行かないタイプの映画だろう。
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撮影は2日にわたって行われたので、夜間は機材の監視で常にスタッフがうろついていた。
そう、近頃は金くず拾いの移民がやたら多いので、
道に落ちている電気コード、発電機なんか見つけたら速攻で集まってくる。


監督の声で動き出すエキストラ達。
エキストラの中を歩く男優。
カフェのウエイターが女性客に飲み物を出す。
通り過ぎる男性に気がつき、声をかけるウエイター。

若い男女が抱き合ってグルグル回るシーン。

女優が青いスポーツカーを出すシーン。

こんなシーンを順序立ててできるだけ短い時間で効率よく撮影できるように
準備するのは大変だろうなと、見ていて思う。
映画を見ていてエンドロールにものすごくたくさんの人たちの名前が出てくるのが理解できる。
以前、自主制作の映画の仕事を頼まれた時にした私のお願いは、
「名前をエンドロールに載せてください」だった。
映画の仕事が夢だったから。
by patronistaT | 2011-11-06 01:08 | 日記