セマナ・サンタと夏時間

今スペインはSemana Santa /セマナ・サンタと言うカトリックの祝日のまっただ中。
欧米ではイースター(復活祭)

復活祭とは、キリスト教の典礼暦における最も重要な祝い日で、
十字架にかけられて死んだイエス・キリストが3日目に復活したことを記念する。
(ウィキペディアより抜粋)

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特に南欧ではキリストの母のマリア信仰が強いので
悲しむマリアの人形を乗せた山車がでる。
このパレードはセビリアが有名
バルセロナでは地味に執り行われる。
たまたま、映画を見た帰りに通りかかると夜の行進に出くわした。
規模が小さく、期待されていないせいで間近で見る事ができてうれしい。

そして3月の最後の日曜日の午前0時に夏時間に変わった。
旅行でこられた方は混乱しないように。

さあ、カフェのテラスで飲むビールがおいしい季節。
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by patronistaT | 2013-03-31 22:23 | バルセロナ/スペイン事情 | Trackback | Comments(4)

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スペイン語でniñoは男の子 niñaは女の子
El Niño / エル ニーニョ といえば、気象用語、気温が以上に高くなる現象だったかな?
niñoに定冠詞のelをつけると幼少のキリストの事。
EL PAPA パパに定冠詞を付けるとローマ教皇になる
(あってるよね?)
スペイン語を習い始めた頃は
うっかり父親に定冠詞を付けて最高聖職者にしてしまったりしていた。

ところで、先日見つけた「ニーニョ」
かなりかわいい 目がガラス
赤ちゃんの頃の甥っ子に少し似ているきがする
ま、叔母の欲目がかなり入ってはいるが。

これがきちんと完璧な状態だとベッドも付いていて、
まわりには聖母マリアとヨゼフ、農民や動物がいて
クリスマスの飾りになる。
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by patronistaT | 2013-03-28 02:22 | アンティーク古道具 | Trackback | Comments(0)

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先日、イラク戦争から10年ということで、
バルセロナのあちこちで
La boda de Rita, historia de una familia iraquí II
/ リタの結婚 あるイラク人家族の物語というドキュメンタリー映画が上映された。
一番右下がリタ。 彼女が両親、妹達とバルセロナに来たのはちょうど私たちと同時期で、
偶然、公立のスペイン語のクラスメートだった。
彼女の両親は相方と同じ1つレベル下のクラスで、
まだほとんどスペイン語が話せず、英語まじりで話をした事があるので、とても良く覚えている。
リタは活発で、授業を楽しい雰囲気にする事ができる気さくな女性だった。
両親は医者だと言っていたので、家族全員がバルセロナに来たと言う事は
何かやんごとない事情があるのだろうと、思っていたら、
この映画によると戦争の始まったバグダッドからバルセロナに来る直前すでに
一家を追った撮影は始まっていたのだった。



もう個人的に会うこともない知り合いだが、
今の幸せなリタの姿を見て、
自分たちが来た当初の事も思い出し、ぐっと来る物があった。
私たちは70年近くも戦争とは直接は無縁な平和な国から来てるけれどもね。
不憫に感じた事は、医者であった父上が市場の食料品店のおやじにになっていたことだった。
それでも、命も家族も家もあると言う事が幸せだと判ってはいるけど。。。
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by patronistaT | 2013-03-22 01:45 | 映画 CINE | Trackback | Comments(0)

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1897年
1882年に着工なので写真は5年後。
100年以上も前と考えれば、仕事のスピードが速い気もする
材料を運ぶのにトラックと言う訳にいかなかっただろうに


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1905年

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足場が同じようなので、上と同時期の写真だろう

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1928年

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1988年
私が初めて見たのはたぶん1990年  こんな様子だった
この部分は室内になっているはず

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現在の姿



バルセロナの古い写真が見れるブログ
LAS MENTIRAS ... QUE SON MUCHAS EN LA VIDA...
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by patronistaT | 2013-03-19 04:23 | 古い建物 | Trackback | Comments(2)

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2004年3月11日
9年前のその日、私たちはバルセロナでテレビを見ていた。

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2011年3月11日
2年前のこの日も、私たちはバルセロナにいた。

2004年のあの日はマドリッドで地下鉄爆弾テロがあった。
今日はラジオでもこの話題が多い。
スペイン人、日本人、そしてどちらの国にも関心が強い人たちは忘れられない日になってしまった。
私たちがスペインに来るきっかけに多いに関係している友人のラウラは今日が誕生日。
彼女にとっては誕生日を思い出すごとに心が痛むんじゃないかと思う。
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by patronistaT | 2013-03-11 20:09 | 日記 | Trackback | Comments(2)

どうしても慣れない事

先日、ガンで闘病中だった南米ベネズエラのチャベス大統領が亡くなった。
チャベス大統領といえば思い出すのは
スペイン国王に「黙りなさい!」としかられた事。
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スペイン国王、ベネズエラ大統領に「だまれ」と激怒/2007年11月11日

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故チャベス大統領の腕を抱くスペイン国王(現在、入院中だよね)

何に慣れないかと言うと、これ
チャベス氏遺体、永久展示へ=弔問の国民、長蛇の列―ベネズエラ
レーニン、毛沢東も同じ様にされたそうだ。金日成もだったか。
昔から絵画でも遺体や遺体に寄り添う家族や医師の姿を描いた物を良く見かける。
亡骸を写真におさめたりもする。
昔、蚤の市で見つけたフランスの情報誌「PARIS MATCH」のグラビアで
大好きなスティーブ・マックイーンの遺体の写真を見た時はショックだった。
日本は無くなった人をを撮影する習慣はないと思う。
写真を撮ってはいけないと、聞いた事もないし、しようとしたこともない。
これは根本的な宗教から影響された感覚の違いなんだと思う。
きっと、同じ様に感じた方も多いと思う。
ちなみに今までこっちに来て、幸運なことに葬式に参列したことがない。

遺体に寄り添う医者を描いた有名な絵があるんだけど、
画像検索するのが怖いよ。。。
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by patronistaT | 2013-03-08 19:46 | 日記 | Trackback | Comments(2)

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おせんべいを食べたくなって、ネットで探してみた。
昔から作られているものなんだから、そんなに難しくないはず。
ちなみに、このレシピで
おせんべい/ pal sistem

3日間ザルに入れて乾燥。以外と乾かないものだ。
乾いて行くうちにどんどん周囲にヒビが入り、ついには花びらのように。。。
ガスオーブンで焼き
固すぎる 堅焼きせんべいどころの物ではない
昨年大金をかけてインプラントした相方が、バリバリと人工の歯で噛み砕く。
堅焼きせんべい大好物なのに、
歯が悪いせいで、手で割ってから唾液でふやかすように食べていたのだ。
横でバリバリという音を聞きながら、
インプラントが壊れるんじゃないかと、ちょっと焦る。

それでも、家庭で作る事ができると判ったので、
次回もやってみる。
下のレシピがいいかもしれない。

草加風煎餅の作り方(男の趣肴HP)
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by patronistaT | 2013-03-06 20:11 | 食べる | Trackback | Comments(2)