1985年の8月12日の思い出

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『この記事は2013年8月12日に掲載した物を、再アップしました』

1985年(昭和60年)8月12日
28年前の忘れる事のできない事故。
この事故の5、6年後にさらに毎年事故と共に思い出す出来事があった。

事故の5、5年後、当時住んでいたマンションを引き払う事になり、
都内でアパートを探していた。
「豪徳寺」全く行った事もない、縁もゆかりもない駅だったが、
なんとなく落着いた響きに惹かれていた。
駅を出て最初に目についた不動産屋。
古くからこの土地で営業していそうな感じ。
60歳前後のご主人に物件を見せてもらいながら、世間話。
「どちらにお勤めですか?」
「洋服のメーカーのN社です」
このご主人が当時私の勤めていた会社を知っていたのがとても意外だった。

「この物件はあの御巣鷹山の事故で無くなった、
当時、その会社に入社内定が決まっていた女性が引っ越していたんですよ」

事故当時、新聞にその事が社名入りで掲載されていたので、
内定者が亡くなった事はとても良く覚えていた。
アパートに残された彼女の荷物を関西からご家族が引き取りに来たそうだ。

親切なご主人に検討しますと言い残して、不動産屋を出たあと、
豪徳寺で他に物件を見る気が起きなかった。
事故で亡くなった女性は確か、営業職に内定。
私は1983年にこのN社の本社企画部に入社。
営業とは顔を合わせる事がほとんどなかったとは言っても、
この事を知ったら借りる気には慣れなかった。
思い出すたびに、生きていると言う事は、
今までは運が良かっただけだと思うのだ。

そう言えば、当時本社で、この便の搭乗をキャンセルした人もいたと思う。
夏休みにも関わらず、パリでのコレクションの準備で休みのない8月を思い出す。

死亡者数520名  ー合掌ー
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by patronistaT | 2015-08-12 00:00 | 日記 | Trackback | Comments(0)